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​教育書の書き方

 「先生たちは自分の考えや行ったことを、どんな形にでもして公表する責任と義務があると思う。文章にして公表するということは、自分の証をたてるということでもある。」と斎藤喜博も述べています。

 とはいえ、いきなり本を書くというのは、なかなかできることではありません。

 ここでは、教育書をどのように書いていくとよいのかを、私の編集の経験からご紹介します。実際には、ここまで考えて原稿を書かれている方はそれほどはいないとは感じてますが、編集の立場では、常に意識しているところです。それが共有できれば、編集との仕事もスムーズになるでしょう。
 ※あくまでも個人的な経験に基づいたものです。また随時更新もしていきます。

川田龍哉

学びの未来研究所共同代表

早稲田大学教師教育研究所招聘研究員

  • 1 イメージを持とう
     最終的に、どのような本にするのか、そのイメージを持ちましょう。教育書でなくても一般書でもかまいません。「あの本のような書籍にしたい」、そのようなイメージがあると、編集者との打ち合わせもやりやすくなります。もちろん、必ずその通りにつくらなければならいということはありません。随時、そのイメージを更新しながら、よりよい本になるようにしていけばよいのです。
  • 1-2 イメージを持とう2-教育書の種類
     教育書は、その内容から大まかに啓蒙書と実用書の二つの側面があります。著者の考えを広く伝えることを目的としているのが啓蒙書で、教育現場で実際に役立つ情報を提供するのが実用書です。学級経営や授業展開を解説したような書籍はほとんどが実用書になります。ただ、これは厳密に二分できるものではなくて、啓蒙的な実用書もありますし、実用的な啓蒙書もあります。  書籍の売れ行きで見るならば、売れているのは実用書で、啓蒙書はほとんど売れてはいません。  私も一冊出していますが、啓蒙書です。ですから売れていません。ただ、売れる売れないではなく、私が読者である先生方に伝えたいことがあったので、あえて啓蒙書としました。  自分の出したい書籍が啓蒙書なのか実用書なのかを意識することは必ずしも必要ではありませんが、より具体的なイメージにつながります。  それが、次に述べるコンセプトを考えていくときに、コンセプトがより明確にすることができます。
  • 2-1 コンセプトを固めよう
     コンセプトとは、書籍全体を貫く「基本的な考え方」です。  書籍の構成を考えるとき、原稿を執筆していくとき、ついあれも入れたい、これも入れたいとなりがちです。そうしてあれもこれも入れてしまうと内容がバラバラになったり、ぼやけてきたりもします。  構成を考えるとき、執筆のとき、常にコンセプトに立ち返って見直すことで、内容にブレがなく、芯の通った書籍ができます。ある意味、最初に立てたイメージをより具体的なものとも言えます。
  • 2-2 コンセプトを固めよう2-コンセプトに必要なこと
     コンセプトを固めるために必要なのは、まずテーマ、出版の目的です。これが間違っていると書籍として成り立ちません。  次に読者の想定です。大雑把に「教育関係者」としてしまっては、伝わるものも伝わらなくなります。ベテランと新人では、同じことを伝えるのにも表現などが変わってきます。企画書等では、できるだけ読者数を多く見込みたいために「教育関係者全般」と書くこともよくありますが、実際に構成を考え、執筆していくときにはより具体的な読者を想定することが大事です。  そして、最後に必要となるのが「テーマ」を「読者」に伝えるための「具体的な内容・方法」です。
  • 2-3 コンセプトを固めよう3-コンセプトから見えること
     コンセプトを固めることで見えることがあります。例えば、極めて悪い例ですが、 「理科の実験は不要だから、全国の教育者に、実験のいらいない授業プランを提案する」 と書籍のコンセプトを定めたとします。  そもそも学習指導要領では理科の実験をすることが明記されていますから、「実験のいらない授業」自体は不適切です。そして全国の教育者と言っても、低学年教師は理科の授業はしませんし、理科の専科の教師は実験をできる人たちですので、読者対象としてはぼやけています。そして伝えるのが「授業プラン」では、果たして効果があったのかどうかわかりません。もしかしたらそのプランでは子どもの学力が低下する可能性もあります。読者への説得力はまったくありません。  このようにコンセプトを明確に定めることで、書籍の企画自体の課題も見えてきます。このケースでは、「実験をいらない」→「実験を簡単にする」とか「全国の教育者」→「実験が苦手な若手教師」というように課題となったところを修正することもできます。こうした修正を重ねながらよりよいコンセプトへと固めていきます。  コンセプトを固めるために必要なことは、まだありますので、随時ふれていきたいと思います。
  • 3-1 構成を考える
     コンセプトが決まりましたら、次に考えるのは構成です。簡単に言うならば「目次」や「章立て」です。その場合もコンセプトから外れていないか、それを振り返りながら考えると、ブレのない芯の通った構成ができます。  主な構成には「頭括式」、「尾括式」、「双括式」の3種類があります。結論を先に述べその理由について述べるのが「頭括式」、理由を述べて最後に結論を述べるのが「尾括式」、簡単な結論を述べてから理由を述べ、最後により詳しい結論を述べるのが「双括式」です。  欧米では論文やレポートは「頭括式」が基本のようですが(渡辺雅子『納得の構造』)、書籍の場合は、内容にふさわしい形で決めればよいと思います。
  • 3-2 構成を考える2-問題(課題)の設定
     まず、最初に考えた方がよいのは「問題(課題)」の設定です。  本を読むというのは、基本的には問題解決的な行為です。自分なりの問題があって、それを解決するために本を読むというのが多いのではないでしょうか。授業がうまくできない、よい発問ができない、何をどう評価すればよいのかわからない、読者は、そうした自分なりの問題(課題)を解決するために本を読みます。  小説であっても、登場人物はどうしてこう考えたのだろう、などのような問題を無意識に持って読んでいます。  この問題は、コンセプトのテーマと大きく関わっています。コンセプトとのテーマを固めていく際に、この問題もあわせて意識するとよいでしょう。  そして、この問題は、構成の最後に出てきては意味がありません。まず最初に提示できるように構成を考えます。  書籍によっては、この問題は、章ごとにあって、章ごとに解決していくようなケースもあります。  また問題を示すようなタイトルになっている場合もよくあります。例えば『さおだけ屋は、なぜ潰れないのか』などです。その際にも、冒頭で、なぜそれが問題となるのかなども丁寧に示すことも必要です。
  • 3-3 構成を考える3-結論の位置付け
     そして、その問題に対する答えが、書籍を通しての主張であり、結論になります。その位置付けによって「頭括式」、「尾括式」、「双括式」になります。問題とあわせて、どのような構成にするとよいのかを考えましょう。
  • 3-4 構成を考える4-問題と結論をつなぐ
     問題と結論の位置づけが決まりましたら、あとはその2つをどのように繋ぐかです。順番があるものはわかりやすいですが、順序がなく並列となる場合もよくあります。  おそらく完全な正解というものはないでしょう。何らかの説明できるような根拠があれば、それに則るということもよいでしょう。  例えば、実践を並べて説明する際、学年順、学年の逆順、教科の順、平易なものから難解なものへ、などいろいろな理由が考えられます。そうすることで、バラバラ感ではなくて統一感をもって読むことができるようになります。
  • 4-1 原稿を書く
     構成が決まりましたら、あとは書くだけですが、その際も常にコンセプトを振り返りながら書くと、ブレがない原稿になります。構成がしっかりとできていれば、最初から書く必要はありません。書きやすいところから書き始めるのがよいでしょう。  以下、私見ですが、よい原稿を書くためのポイントをご紹介します。
  • 4-2 原稿を書く2-より具体的
     まず、より具体的に書きましょう。教育実践をもとに原稿を書く際は、できるだけ具体的に子どもの姿が見えるように書くとよいでしょう。  教育に関しては「よいこと」を述べるのは簡単です。例えば「褒めることは大切だ」ということは誰でも言えます。  ここで、一般の人と実践者の違いは、「実践がある」ことです。一般の人は「褒めることの大切さ」を言うことはできますが、そこまでです。実践者は、褒めたことの効果を具体的な子どもの姿を通して語ることができます。そこに説得力の違いが出ます。
  • 4-3 原稿を書く3-子どもの姿で語る
     研究授業を見たときも子どもの成長している姿、変容している姿を見ると、「この授業をやってみたい」と思われることが多いのではないでしょうか。逆に教師がどんなに一生懸命に授業をしていても、子どもの成長が見えないと、どんなによい教材で、教師の教材解釈がよくても、やってみたいとは思われないでしょう。  教育書でも、何も子どもの変容がなかったという実践では、読みたいとは思われないでしょう。
  • 4-4 原稿を書く4-書くためには勉強を
     また、できるだけ勉強をしてください。教育用語等をしっかり理解していないケースもよく見られます。例えば「小学校だから生徒指導ではなく、児童指導だ」としていた方もいました。文科省では、小学校であっても生徒指導と言うことになっています。日直などの当番と係活動を区別していないケースもよくあります。これも学習指導要領解説に「当番活動と係活動の違いに留意し」とあるように明確に違っています。これを区別できていないと、その程度の知識理解の著者だとみられてしまいます。  同様に、すでに言われているようなことを、あたかも自分が発見したように書いてしまっては(たとえ自力で発見したとしても)、書籍全体の信頼もなくなります。書籍にする前の企画の相談等では、こういうことはよくあります。「ちょっとよい指導法を考えたから書籍にならないか」と相談があっても、「これはすでに○○先生が言ってますね」とお断りすることはよくありました。  ただ、同じような内容でもあえて出版することもあります。学級経営などでは多いのではないかと思います。その際も、できるだけ新しいことを織り込んだり、そのときにあわせた表現にしたりすることも必要となりますので、先にあった取組をしっかりとふまえることも大切です。  先人に敬意をもち、先人の業績を踏まえることで、さらにその先に進むことができます。そのためにも、関連した書籍などは目を通しておくようにしましょう。
  • 5-1 著作権などには注意を
     著作権侵害などについては、基本的には著者が責任を負います。ただ、それらすべてを理解し、判断することはむずかしいので、編集者に随時相談しながら進めたほうがよいと思います。  私も一冊、著作権侵害で書籍を回収となったことがあります。ある分野の専門書でした。極めて専門性の高い論文から十数カ所が転載され、それがあたかも自分の意見のように書かれていました。ただ、某出版会の著作権専門の方に相談しましたら、実はよくあることで、原著者にきちんと謝罪すればよいのでは、とアドバイスもいただきましたが、結局は、その著者の所属する大学から、出版助成金も出ていましたので、回収することになりました。  その著者は大学を退職することになりましたが、転載の元となった論文は専門性も高いので、編集、出版社には責任はないということになりました。  分量としては、全文で20行程度ですが、それでも書籍全体を回収することになります。  最近で多いのは、ネットで拾ってきた画像や文章をそのまま貼り付けてくるケースです。きちんと説明がされなかったので、著者が作成したか、書いたものだと思って作業を進めているうちに、実はネットで拾ったということもありました。学会の学術論文でも、Wikipediaの解説をそのまま使っていたというのありました。Wikipediaの場合は、たまたまそれを見たことがあったので、著者に確認できましたが、通常の場合、編集者は、そこまでチェックすることもできません。トラブルを避けるためにも、できるだけ編集者と相談しながら進めるようにしてください。
  • 5-2 著作権には注意を2-著作権とは?
     著作権の保護の対象となる著作物とは「思想または感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義されています。保護の対象は「表現したもの」ですから、アイディアは保護されません。「授業の導入でこういう教材を使った」というのはアイディアですから保護はされません。何度か、「あそこの出版社から出た書籍の授業のアイディアは私が考えたものだからなんとかならないか」と相談を受けたこともありますが、それはどうにもできません。  また「思想または感情を創作的に表現した」とありますので、一般的な表現や統計データ(思想や感情はありませんので)は保護されません。  よく例として挙げられますのは、川端康成の「雪国」の冒頭「国境の長いトンネルを抜けると、そこは雪国であった。」には著作権がないとされています。実際に裁判で争って決着がついたわけではありませんので、決定とは言えませんが、事実を述べただけで思想や感情がないとされています。「夜の底が白くなった。」まで続けると、そこに創作的な表現が出ますので、著作権が認められます。  以前、若い編集者にこれを問題として出しましたが、全員が「著作権がある」と解答していました。それほど著作権はむずかしいのです。  著作権で保護されるということは、その後の人がその表現を勝手に使うことはできなくなるということです。「雪国」の冒頭の著作権を認めてしまうと、例えばある人がアルプスで電車にのったときに「スイスとの国境の長いトンネルを抜けると、そこは雪国でした。」と書いたりTwitterでつぶやいたりすることができなくなります。こうして表現が制限されることは、著作権法の主旨でもある「著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする」にも反することにもなります。
  • 5-3 著作権には注意を3-著作権の制限
     もう一つ著作権の難しさは、「著作権の制限」があることです。「著作権の制限」というとわかりにくいですが、つまりは著作物を自由に使える場合もあるということです。  「私的な利用」や「図書館における複製」などは、私たちの普段の生活でもよくあります。  特に書籍の執筆にかかわるところとしては、「引用」ですね。また教育関係では「学校その他の教育機関における複製等」もあるかと思います。この「著作権の制限」は、ネットに関連して結構アップデートもされていますので注意は必要ですが、書籍の執筆に関連して「引用」にかかわる部分を理解しておけばよいと思います。
  • 5-4 著作権には注意を4-「引用」
     「引用」は、著作権法上では「公正な慣行に合致すること,引用の目的上,正当な範囲内で行われることを条件とし,自分の著作物に他人の著作物を引用して利用することができる」とされています。これは著作者の許諾は不要です。  よく違法な転載に「無断引用」という言葉が使われることがありますが、すべての「引用」は「無断引用」であり、合法な行為です。  「引用」における「公正な慣行」というのは、(1)他人の著作物を引用する必然性があること、(2)かぎ括弧をつけるなど,自分の著作物と引用部分とが区別されていること、(3)自分の著作物と引用する著作物との主従関係が明確であること(自分の著作物が主体)、(4)出所の明示がなされていること、だとされています(最高裁判決)。これに該当する限り、他人の著作物の一部を自分の書籍に転載することが認められます。
  • 5-5 著作権には注意を5-「著作者人格権」も理解してください
     さらに「引用」にかかわって大事なことは、「著作者人格権」があります。「著作権は権利の束」とも言われますが、著作権はいろいろな権利の複合体です。著作者人格権は、著作物そのものの保護ではなく著作者の名誉を守るものです。「引用」にかかわるものとして、「氏名表示権」と「同一性保持権」があります。  「氏名表示権」は著作物の引用の際に、著作者の氏名を表示するもの、「同一性保持権」は、引用の際には改変することなく転載しなければならないということです。著作者の死後50年を経過しているからと言って、言ってもいないことを付け足したりされると、元の著作者の名誉にかかわります。  例えば、戦争を肯定するような文章を書き、それを補足するために、本来は戦争を否定している著名な学者の文章を肯定しているように書き直して引用をするようなケースがあったとします。戦争を否定しているはずのものを肯定するわけですから、その学者の名誉は損なわれます。たとえ亡くなっていたとしても、その遺族の名誉も損なわれるわけですから、著作財産権のように死後50年を経過したからといって保護されないというわけにもいきません。ですから、著作者人格権は永遠に保護されることになってます。  そのほか、教育関係で気をつけた方がよいのは、テスト問題などの作成に関連してです。テストでの利用は、学校教育機関における複製にあたりますが、例えば、短く削ったり言葉を変えたりしたりした場合は、この著作者人格権の侵害にあたることもありますので、注意が必要です。  そのほか、著作権以外にも商標権などもありますので、随時、編集者と相談しながらすすめるとよいでしょう。

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